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銃剣

銃剣は日本軍の白兵思想から重要な兵器の一つであった。明治30年(1897)に制定された三十年式銃剣が、日本兵器の基幹銃剣であり、多くの日本の小銃・軽機関銃・短機関銃に使用された。 それ以前のものとしては小銃の発達に従い、村田十三年式銃剣、十八年式銃剣、二十二年式銃剣が存在する。興味深いのはその寸法で、日本は10年にもみたない期間に十三年式は全長71cm近く、また二十二年式銃剣はその約半分の長さと極端に長いものと短いものを制定した。各々の生産数は銃の生産数と同じくらいの数と推定される。

十三年式銃剣 十八年式銃剣
全長71cm
剣長57cm
重量790g

全長58cm
剣長46cm
重量550g
二十二年式銃剣
前期:
全長35cm
剣長28cm

後期:
全長 37cm
剣長28cm
三十年式銃剣
全長512mm
剣長400mm
重量 690g

三十年式銃剣の特徴は、日本古来の刀剣形状の片刃であり、諸国銃剣の先端が両刃になっているのと異なる。片刃は外国の例では 第一次大戦期の英国一部のもの、インドのものに見られるくらいである。生産は4期に分けることが出来るが総数は約840万振生産 され、この数量も単一の銃剣としては世界最大数であると思われる。この銃剣を使用する銃は約647万挺生産され、銃剣と一緒に約 150万挺が輸出されたので、日本には銃が 約500万挺、銃剣が686万振存在しており、銃剣の方が30%ほど多い。これは日本軍では 銃を携帯しない兵士(砲兵、車両従事兵など)にも全て銃剣を帯同させたのでこのような数になる。 生産の歴史により銃剣の鞘、握りの止め方、剣刃の色、鍔の形状などが異なり大別し数種存在する。 また第V期、第W期においては工廠のみならず幾つかの民間会社に生産を委託したので 生産会社にも種類が見られる。 大戦の後期昭和19年以降110万振り程の生産には材料不足から鉄鞘を木製にしたものが見られ、現在これらは鉄鞘の一般のものよ り高く売り買いされている。 初期のものは剣身が白磨きでパーカライジング処理されているが、日中戦争勃発の頃より剣身を黒染めとした。また同じ頃、片側が曲 っていた鍔を真っ直ぐにした。同じく握りの木部の止め方をネジからカシメにした。これが1930年代後半から40年に掛けて同時に 進行してので、この時期のものだけでも様々な種類が存在するのである。 生産は明治より東京・小倉工廠により行われていたが昭和になり名古屋工廠が加わり、 それに民間の会社、小倉の元に松下金属、光精機が、名古屋の元に豊田自動織機、金城削岩機、理研鋼材、愛三工業の各社が生産した。

其の他の刀剣類
将校、下士官は戦闘並びに指揮のため刀剣を身に帯びた。将校刀は私物であり多くの場合家伝の刀を軍用の拵えに入れた。拵えには旧軍刀と新軍刀のものがあり、新軍刀は日中戦争期に制定された九五式軍刀。この新軍刀形式の下士官刀があり、明治の騎兵刀を元にした下士官刀、三十二年式軍刀、と2種類が存在する。また明治初期に砲兵に装備させたという砲兵刀(徒歩刀とも言う) があり、これは皮革製の鞘に収められていた。

二式短剣 (*写真は二式短剣と二式小銃)
三十年式の剣身長を20cm弱にした空挺用の短剣が1943年約25000振り生産された。剣身は黒染めされており、名古屋工廠の元で豊田で生産された。剣身が白いもの、樋が先まであるものなどは工作されたものと疑って良い。
九五式軍刀
全長96cm
刃長67cm
重量1590g

下士官刀とも呼ばれた、日本刀形式軍刀、刀身は機械製で、柄の部分も金属。一大隊に62振装備された。
三十二年式乙軍刀(上)
全長94cm
刃長76cm
重量1400g

明治の下士官刀で、片手で操作するサーベル型。第二次大戦中の陸軍航空隊地上下士官が装備していた写真がある。 これより長い全長100cmの騎兵刀を甲と呼んだ。
徒歩刀(下)
全長66cm
刃長54cm

砲兵用の兵器であったと言われており、明治中期、工廠で生産された。鞘は皮革製。柄の頭が頑丈である。製造番号から推定するに各10万の単位で生産された。